僕らには感情を優先させるとき、思考回路を棚上げしてしまうことがある。

少なくとも僕にはある。たとえば夏の暑さとか、たとえば激しい雨音とか。突然メールをくれる友人とか。今日までのちょうど8日間、僕は思考を停止していた。思考を停止して過去の領域を見回っていた。古い風景は決して古びた風景ではない。それはちゃんと色のついた景色だった。

ただ、過去を歩く僕に思考はない。感覚があるだけだ。感情があるだけだ。亡くなった彼女と、最近連絡の取れていない彼女が、仲良く議論をしていた。笑顔で言い争っていた。それは97年の出来事だったはずだ。正しくはあのとき、彼女と彼女は直接対決などしてはいない。けれど、対決はしていたのだ。このどうしようもなく解りにくい解りやすさ。97年の夏の暑さは心地よかった。

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