あのとき新宿で

激辛のカレーを一緒に食べたのが誰だったのか。誰と誰と誰だったのかが思い出せない。インド人の店主が辛いのを食べるのはやめた方がいいとアドバイスしてくれたから、僕は甘めのカレーを注文したのだ。けれど彼は辛いカレーに挑戦したのだ。二口目は食べられなかった。その彼が誰だったのか。一緒にいた仲間が誰だったのか。そもそも仲間だったのか。友達だったのか。記憶がない。薄れているのではなく、欠落しているのだ。

能登麻美子という声優が好きだ。

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そのコロンと転がるような声が好きだ。魅力的なその声に惹かれることにはちゃんと理由があったのだということに最近気付いた。理由がちゃんとあったのだ。

ほんの少し春だ。桜はまだ咲かない。

村上龍が言ってた。

オモシロい作品はなかった、と。この夏の芥川賞の選考を終えたときだ。芥川賞はもうその役割を終えているかも知れない、と。芥川賞が国民にとって必要な、意味ある存在だったことはあるのだけれど、と。そのとき、紅白歌合戦の話もしていた。紅白歌合戦ももう役割を終えている、と。知らない唄ばかりが流れているから。昔は国民的な、みんなが知ってる歌が流れていたから、と。村上龍の考え方は少し●●●(自主規制)だけれども。おもしろいところもある。あたってると思える部分もある。

彼が芥川賞の選考委員であることは事実だ。そのことが彼の小説の価値とか意味とかおもしろさとかとは何の関係もないけれども。

修学旅行のお土産は

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東京大学の名前入りのお菓子。ディズニーランドのお土産とのセットだった。

2週間ほど前に我が家に届いた。おすそわけ。東大もオモシロいものを作ってる。売ってる。

 

同じく、彼があまりに自分の人生の豊かさをはしゃいで話すものだから

少し悲しくなった。彼の哀れさを思った。危うさを思った。口に出してはいけないこと、思ってはいけないことが増えていく。彼には話せない領域がある。それは私の傲慢に過ぎないのだろうけれど。私の傲慢さを上回る勢いで、彼の論理が崩壊していく。私が何もしゃべらないうちに、彼自身が勝手に崩壊していく。人には矛盾があってもいいんだよ。けれど、論理に矛盾はあってはならないのだよ。