いつも自分の足で歩いていた町並みをgoogleマップで歩いた。

昭和50年代初期・・昭和50年には僕はあの町に棲んでいた。けれども時の流れとは残酷なものだ。僕の記憶のほんのヒトカケラすらそこにはもうない。なかった。驚いたという言葉すら適切ではない。東京・・大田区・・大森・・変わったというには大きすぎる変化だ。山田さんはどうしただろう。芳賀さんはどこへ行ってしまったのだろう。加藤君は、井上君は元気にしているだろうか。

むかしむかしの物語だ。

広告

昭和50年だったのか49年だったのか定かではないけれど

クリスマスイヴの夜、小森と僕は新宿東口を歩いていた。僕らがちょうど二幸ビルの前あたりを歩いていたとき、雪が舞い始めた。その頃はまだアルタはなかったのだ。僕は同郷の女の子に帰省の切符を譲り、なぜかその場面に同席した小森が付き合ってくれていたように記憶している。寒くてお金もなくて、ただふたりとも国鉄の定期券だけは持っていたから、僕は大森まで帰ったのだ。もしかしたら、小森の下宿のあった大井町に寄ったかも知れない。

なんのことはない。昨日、クリスマスイヴ。あの二幸ビル前の雪の落ちてくる空の色を、あの風景を思い出した。そんな話だ。

 

どことなく酒井敏也に似ているこのおじさん

彼もまた魅力的な人物だ。冷たい雨が今にも落ちてきそうな雲の色の午後、車を駐めて久々に間近でお顔を拝見。見れば見るほど酒井敏也に似ていると思う。調所広郷、近年少し名が知れてきたように思う。まだまだ、歴史の片隅に隠れたままの人物なのだろうけれど。

調所広郷の顔を見上げていて、なぜか田代幸のことを思い出した。もうひとつ別の物語だ。そのときは、まだ雨は落ちてはいなかったと思う。

幕が上がった瞬間にすぐにわかった

DSCF8056 DSCF8057

最後に顔を合わせたのはもう40年も前のことだ。ただただ、いい先輩。歌の仲間。あの頃の僕らには利害関係なんてつきあい方はなかったから。それ以後の関係にも利害関係はつきまとわることはなかったから。僕にはいい先輩がいて、いい後輩がいたから。仲間が大勢いたから。演奏会が終わって、優秀な後輩が懐かしい先輩と引き合わせてくれて。もう少しで涙がこぼれそうになってしういろいろなことがあった4月10日だ。

風の谷のナウシカ・・その2冊目が出てきた。

DSCF7857

長い間姿を隠していた1冊だ。まったくジャンルの異なる本を探して、ゴミ山のような本たちの中から出現したのだ。7冊のうちの第2巻。この巻だけが行方不明だったのだ。誰かに貸して戻っていないのかとも思っていた。アニメの劇場版ナウシカはこの2冊目の前半までが描かれている。だから。当時は続編ができるというウワサが絶えなかった。宮崎駿は、まだ有名人でも巨匠でもなかった。ありそうな話として僕らは半分信じた。

書き留めておくこと・・・このアニメが何回目かにテレビで流れた頃、ナウシカに似た女の子のコトが好きだった。好きだった女の子にナウシカが似ていた。彼女の父親が昨年末に亡くなった。いいオヤジさんだった。そして、ちいさな物語はここからはじまる。

だからどうしたと言われても困るのだけれど。

そのお姉さんは、○○の店内で品出しをしていた。僕は、わざわざその店にある商品を買いに出かけたのだ。この店のオリジナルの品で他では手に入らない。僕はすでに、その店でその品を2つ買い求めていて使い勝手がよいものだから、だからわざわざ出かけたのだった。2週間ほど前にこの店に寄ったときには、その品が展示の場所になかったのだ。そして、その日もその品はなかった。そこへ件の定員さんがカートを押して通りかかったわけだ。彼女はすぐに調べてくれて、注文することになると答えてくれた。そして実際に僕は注文した。その対応が的確で親切で心地よかった・・と記したかったのではない。確かに彼女の対応は的確で親切で心地よかったのだけれど。僕が書きたかったのは彼女が大変な美人だったということだ。間違いない。彼女は僕が過去2年間に会話したどの女定員さんより美人だ。美しい。

だからどうしたと言われても困るのだけれど。

オレは天才だから大丈夫のはずだ!

DSCF7061

桜木花道は自分を鼓舞するとき、自信がなくなりそうになったとき、そう叫ぶのだ。傷だらけの修理不可能のペンケースを眺めながら思う。僕は桜木花道と似ている。ただ違うところは彼には才能があることだ。