飲み会へ行くバスの中

僕は目一杯若作りして家を出たのだ。学校帰りの高校生たちがいっぱいのバスに乗り込んだ。バス待ちの列の一番最後に乗り込んだ。かわいい女子高生が声をかけた。僕はそれが自分に向かってかけられたモノだとは最初気付かなかった。彼女は僕に席を譲ってくれようとしたのだ。ショックだったのは彼女がかなりきれいな子だったからだ。僕は辛そうな年寄りなのだ。そう見られていたのだ。見られているのだ。

さらに混み合ってくるバスの中。僕は背中で彼女のことを考えていた。その表情を思っていた。その心情を思っていた。僕は吉野弘の古い詩を思い出していた。夕焼けという詩だ。

また彼女を泣かせた

何の権利もないのに何の権限もないのに。また彼女を泣かせた。数えることもできないくらいの回数だ。「やめろやめろやめろ」と内なる声が叫んでいるのに、僕はときどき彼女に向かって、言わなくていいことを言い、書かなくていいことばを書き送ってしまう。絶対に受け取り拒否できないようなしかたで、残酷な方法で。

反省などしていないけれど。少し後悔しているけれど。もう少しやさしくしなければといつもいつも思う。

30年ぶりが何人も登場する年

30年ぶりとか40年ぶりとか今年はたくさんの旧友が登場した。復活した。10年が過ぎて、所在がばれてきたのだ。ながいながい噂話の道が繋がり、新たに枝分かれしているのだ。別れの言葉もろくに言えなかった連中まで、友人たちまでが戻ってくる。楽しいことだ。正直、いつ別れたのか、最後にあったのはどこだったのかを識別できない人間の方が多いのだ。僕の場合は。

今夜はやめた

ロートレアモンのことが頭の隅をかすめたのは午後8時を過ぎだ頃だった。何か書きたかったので、久々に詩集を引っ張り出してしまったのだ。だから、僕の思考はそちら側ではなく、あちら側に走ってしまったのだ。さっぱり解らない。ロートレアモンはさっぱり解らない。ただそこにあるだけだ。これだけすべてが解らないと笑える。

東大コンプレックス

僕らはいつのころからか「東大コンプレックス」という言葉をもうひとつ別の意味で使ってきた。その意味とはこうだ。「「俺は東京大学を出ているんだぞ。こんな仕事ができるかよ。おまえらみたいなわけのわからないできの悪い大学の卒業生と同じ扱いをするな。」」つまりせっかく東大を出たのに報われなかった人々のことを。いつまでも東大出ということだけしか頼みにできないかわいそうな人々についてその頭の中のしこりについて使ったのだった。

でも危険な言葉ではあったわけで。僕らは隠れたところでだけその言葉を小声で使った。状況は変わっている。東大を出たからそれがなに?というしごく当然の価値観が世の中に育ったからだ。東大はえらい。東大を出たことを攻められることはない。けれどそれはそれだけのことなのだ。・・と僕はそれを整理していた。

ところが「東大コンプレックス」は思わぬ所に隠れてしっかりと育っていた。地方の国立大学の教授と話した。彼の言い分はこうだ。自分が優遇されないのは東大が悪い。あいつらまともな論理も持っていないくせに。俺よりも優遇されている。大体東大の学者の考えることなんかお役所的で内容がないのだ。その点俺はちがう。なんたったって○大の教授なのだから。・・・悔しげな報われないオーラが彼の周囲に満ち、声が大きく決して論理的ではない言葉が、むしろ破綻した理屈が大声になって店中に響いていた。

何が悪いのでもない。彼は優秀な男なのだ。だったのだ。

彼は叫んでいた。地球温暖化は事実だ。俺は250年間の気象庁発表の気温の上昇記録をみたのだ。だって俺は教授だから、正しい。優しい顔の飲み屋の主が、優しくつっこんだ。「200年前に気象庁あったんスか」そうだ。彼の方が絶対に正しい。江戸時代に気温を測る道具はない。そのころエジソンも生まれていない。夢見る少年トーマスマンも生まれていない。ナポレオンは活躍していた。けれどまもなくライプチヒの戦いやワーテルローの戦いで辛酸をなめるのだけれど。まあそんなことは関係ない。彼の頭の中に広がっている世界では200年前にはすでに、アイホーン片手に気温を測りながら歩く人々が楽しげに生活しているのかも知れない。僕はそんなのどかな風景を思った。平和な景色を思った。

長くなった。少しお酒が苦かった。

200年間の気温の記録など存在していないのだ。今で言う気温という考え方がなかったのだから。科学者を名乗る人々の資料はまず疑って見る方がいい。都合のいい資料だけを厳選していることが多いのだ。彼らは決して科学的ではないのだ。全ての学者が、あるいは科学者がそうだとは言わないけれども。

 

最高気温を続けていると

いつかどこかで気温の下降が始まる。暑い夏が続いていても、どこかで秋が始まるのだ。秋は夏の盛りに始まる。人気は絶頂のときに下りはじめるのだ。才能は最小値、どん底のときに芽生えるのか?そのまま腐ってしまうのか。自分の才能の欠如だけは感じる。才能は測ることができない。作品は何かの影・・だ。ライプニッツは言わなかったけれども。

結局。努力することを怠けている。

僕は何も、いつも、結果的には努力してはいない。運動しなかったとは言わない。熱中しなかったということではない。楽しんではいたわけで。あんまり良質な方ではない。