おっぱいみたいな、ゆずの湯

温泉に「ゆず」がプカプカ浮いていた。あれは「ゆず」ではないだろうでかい「ゆずもどき」もいくつか浮かんでいた。湯船におっぱいがたくさん浮かんでた。そんな風景だ。冬至だったのだ。

なかなか読み終えることのできない本が何冊かある。

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時代が彼を生んだと表現するなら、現在の世界情勢はあのときにあの頃に似通っているように思えてならない。彼を優秀な政治家と呼ぶことには抵抗があるけれど。彼に遠く及ばない政治家もどきがこの世界を跋扈しているように思えてならない。

だからどうしたと言われても困るのだけれど。

そのお姉さんは、○○の店内で品出しをしていた。僕は、わざわざその店にある商品を買いに出かけたのだ。この店のオリジナルの品で他では手に入らない。僕はすでに、その店でその品を2つ買い求めていて使い勝手がよいものだから、だからわざわざ出かけたのだった。2週間ほど前にこの店に寄ったときには、その品が展示の場所になかったのだ。そして、その日もその品はなかった。そこへ件の定員さんがカートを押して通りかかったわけだ。彼女はすぐに調べてくれて、注文することになると答えてくれた。そして実際に僕は注文した。その対応が的確で親切で心地よかった・・と記したかったのではない。確かに彼女の対応は的確で親切で心地よかったのだけれど。僕が書きたかったのは彼女が大変な美人だったということだ。間違いない。彼女は僕が過去2年間に会話したどの女定員さんより美人だ。美しい。

だからどうしたと言われても困るのだけれど。

島くんがタブレットをくれた

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島くんは僕のITの先生だ。彼は先端を生きている。僕は彼のおかげで、ネットのまねごとをしている。LINEというのは難しい。タブレットで文字を打つことがあんなに難しいとは思わなかった。みんなよくやれるものだと改めて時代の流れの速さに驚かされる。取り残され感を実感する。でもタブレットは難しいのだ。

キョウチクトウの香りだ。この香りが嫌いだと言った女の子のことを思い出す。この香りが大好きだと言った女学生のことを思い出す。

ガラ携の機種変で値段が安くなった。

 

買い物の途中で、よく似たおばちゃんとすれ違うこと

問題はその人が本人ではないとわかっていることではない。誰と似ているのかその誰かが誰かということをとっさに思い出せないことなのだ。実際にまだ思い出せない。きっともう思い出せない。顔ははっきりとうかんでいるのに・・だ。この20年の間に出会った人物で、話したこともあるはずで、・・どうでもよいことではあるけれど。

 

オレは天才だから大丈夫のはずだ!

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桜木花道は自分を鼓舞するとき、自信がなくなりそうになったとき、そう叫ぶのだ。傷だらけの修理不可能のペンケースを眺めながら思う。僕は桜木花道と似ている。ただ違うところは彼には才能があることだ。

僕らには感情を優先させるとき、思考回路を棚上げしてしまうことがある。

少なくとも僕にはある。たとえば夏の暑さとか、たとえば激しい雨音とか。突然メールをくれる友人とか。今日までのちょうど8日間、僕は思考を停止していた。思考を停止して過去の領域を見回っていた。古い風景は決して古びた風景ではない。それはちゃんと色のついた景色だった。

ただ、過去を歩く僕に思考はない。感覚があるだけだ。感情があるだけだ。亡くなった彼女と、最近連絡の取れていない彼女が、仲良く議論をしていた。笑顔で言い争っていた。それは97年の出来事だったはずだ。正しくはあのとき、彼女と彼女は直接対決などしてはいない。けれど、対決はしていたのだ。このどうしようもなく解りにくい解りやすさ。97年の夏の暑さは心地よかった。