すでに唐十郎は伝説の人物で

その伝説は生きて目の前を走り回っていた。寺山修司はテレビで競馬解説をする訛りのきつい目つきの鋭いおじさんとみえていた。

新宿の駅前、草原にたてられたテントの中で、ぎゅうぎゅうに詰め込まれたまま。根津甚八を見た。あれはきっと根津甚八だったと思う。その芝居の最後、テントの天井は開けられ、根津甚八は空へ飛んでいった。紅テントの芝居を見ている。そのことが僕を満足させていた。中身はさっぱりわからなかった。見ていることがかっこよかったのだ。状況劇場と天井桟敷の芝居は僕の中で、見ていることが重要だった。仲間と熱く語る、そのことがうれしかった。

彼の死もまた若すぎる。

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あのとき新宿で

激辛のカレーを一緒に食べたのが誰だったのか。誰と誰と誰だったのかが思い出せない。インド人の店主が辛いのを食べるのはやめた方がいいとアドバイスしてくれたから、僕は甘めのカレーを注文したのだ。けれど彼は辛いカレーに挑戦したのだ。二口目は食べられなかった。その彼が誰だったのか。一緒にいた仲間が誰だったのか。そもそも仲間だったのか。友達だったのか。記憶がない。薄れているのではなく、欠落しているのだ。

幕が上がった瞬間にすぐにわかった

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最後に顔を合わせたのはもう40年も前のことだ。ただただ、いい先輩。歌の仲間。あの頃の僕らには利害関係なんてつきあい方はなかったから。それ以後の関係にも利害関係はつきまとわることはなかったから。僕にはいい先輩がいて、いい後輩がいたから。仲間が大勢いたから。演奏会が終わって、優秀な後輩が懐かしい先輩と引き合わせてくれて。もう少しで涙がこぼれそうになってしういろいろなことがあった4月10日だ。

能登麻美子という声優が好きだ。

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そのコロンと転がるような声が好きだ。魅力的なその声に惹かれることにはちゃんと理由があったのだということに最近気付いた。理由がちゃんとあったのだ。

ほんの少し春だ。桜はまだ咲かない。

命の電話

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そんな大袈裟なものではない。だけれども、僕の携帯に電話をかけてくるのは彼だけなのだ。絶妙のタイミングだ。本当にくだらないことをしゃべっているのだけれど。彼の電話があるから僕は生きている。なんて言わない。そんなことはない。今朝、ほんの少しだけ雪が積もった。地面の上ではなく。木の葉の上に申し訳なさそうに残っていた。太陽が高くなる前には消えてしまっていたけれど。寒い。

風の谷のナウシカ・・その2冊目が出てきた。

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長い間姿を隠していた1冊だ。まったくジャンルの異なる本を探して、ゴミ山のような本たちの中から出現したのだ。7冊のうちの第2巻。この巻だけが行方不明だったのだ。誰かに貸して戻っていないのかとも思っていた。アニメの劇場版ナウシカはこの2冊目の前半までが描かれている。だから。当時は続編ができるというウワサが絶えなかった。宮崎駿は、まだ有名人でも巨匠でもなかった。ありそうな話として僕らは半分信じた。

書き留めておくこと・・・このアニメが何回目かにテレビで流れた頃、ナウシカに似た女の子のコトが好きだった。好きだった女の子にナウシカが似ていた。彼女の父親が昨年末に亡くなった。いいオヤジさんだった。そして、ちいさな物語はここからはじまる。

飲み会へ行くバスの中

僕は目一杯若作りして家を出たのだ。学校帰りの高校生たちがいっぱいのバスに乗り込んだ。バス待ちの列の一番最後に乗り込んだ。かわいい女子高生が声をかけた。僕はそれが自分に向かってかけられたモノだとは最初気付かなかった。彼女は僕に席を譲ってくれようとしたのだ。ショックだったのは彼女がかなりきれいな子だったからだ。僕は辛そうな年寄りなのだ。そう見られていたのだ。見られているのだ。

さらに混み合ってくるバスの中。僕は背中で彼女のことを考えていた。その表情を思っていた。その心情を思っていた。僕は吉野弘の古い詩を思い出していた。夕焼けという詩だ。