もう長い時が流れました。

あれからも,震災と言える天災が何度も何度も起こりました。しかしながら,映像で知っていること,ニュースで流れている事件と,自分のエリアで起こったことでは明確に違います。自分の目で見た現場は記憶に染み込んでいます。記憶に刻み込まれています。家族が巻き込まれた地震には思い込みの深さが違います。

時が経てば,さらに大げさなものに作り上げてしまっているのかも知れません。匂いも音もしっかり覚えています。

阪神淡路大震災から長い時間が過ぎました。

そこではいろいろなことがありました。その時空にも場面にも,たくさんの物語があります。

あの日の駅前の風景は違っていた

新大阪から尼崎までの風景は普通だった。普通だったことが意外だった。普通すぎた。
何度も乗り降りした甲子園口駅を外に出たときの風景は数週間前とははっきり異なっていた。路上のアスファルトがゆがんでいた。崩れてしまった建物があり,なくなってしまった家があり,ゆがんだ建物があり,何の変化のないように見える建物があった。
風景は違っていたのだ。震災の直後のことだ。

思いがけない景色

近くを車で走ることはあっても,立ち止まった風景として眺めることはなかった。曖昧な記憶ではあるけれど,この広場・公園で中学の卒業式あるいは卒業式あとの何かがあったのだ。転入生で1年と4か月しか通わなかった日本一のマンモス校だ。

ながい時間が過ぎた。